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2009.11.07

食べるということは命をいただくこと

 学校給食でも豚肉などが使われます。
当然、生きていた豚をと殺して食肉になるわけですが、
そういったことを真正面から取り上げている学校はあまりありません。


IMG_0654.jpg

我が家には犬が1匹いて家族同然に可愛がっています。
でも、一方で私は食事で肉を食べます。
同じ動物の命でも一方は最後まで可愛がって育て、
一方は命を途中で断ち切った動物の肉を食べているわけです。

お店にパックで売られている肉を食べることはできても、
私が自分の手で動物の命を絶たなければならないとしたら、
私は肉を食べることを止めてしまうかもしれません。

でも、それは言い方を変えれば自分の手を汚すことが嫌なだけ、
きれいごとだけでものごとをとらえているに過ぎません。

深く考えると難しい問題だと思いますが、私は次のように考えています。
「私は動物や植物など多くの命をいただいて生きてきたし、これからも多くの命をいただいて生きていく。だからこそ、動物や植物を含めて自他のすべての命を大切にし、その命をいただくときは感謝の気持ちをもち、無駄にしないように大切にいただく」

この難しい問題にきちんと取り組んでいる学校の記事がありました。
関係する先生が活動の後に語った
「子どもたちが見違えるように優しくなるんですよ」という言葉が印象的です。
勇気をもって真正面から取り組むと子どもたちに真意が伝わるのでしょうね。

【ニュースに見つける思春期子育てヒント】
時には真正面から取り組む

食べる 命いただくこと
 「命をいただく」ことを知る試みも行われている。


 床を踏みしめて立っていた肉牛が、頭を「と畜銃」で撃たれ、ごろっと横になって転がってきた。すかさず白い作業着に身を包んだ職員がナイフでノドを切り裂き、血抜きのためにつり下げる。頭を切り落とし、皮をはぎ、おなかを裂くと、白い胃などの内臓が摘出される。「おー、出てきた」。下の階で行われる作業の光景を、ガラス窓越しに食い入るように見つめる子どもたち。

 10月23日、三重県松阪市の県などが出資する松阪食肉公社と、隣接する県松阪食肉衛生検査所を、同市立天白(てんぱく)小学校6年生児童38人が訪れ、牛の解体を見学した。

 「銃から5センチの棒が出て脳を挫滅したから、牛はもう意識がなくて痛くないの。次は、いかに早く血を抜くかが大切。こうした作業を一つ一つきっちりしないといいお肉にならない。せっかく牛からもらった命を食べるために、みんな一生懸命に作業しています」

 同検査所主任検査員で獣医師の山本友美さん(42)が説明する。牛や豚をおいしくて安全な食肉にする現場を見てもらおうと、両施設ではここ数年、学校の見学を積極的に受け入れている。

 同小が見学を始めたのは4年前。「給食で松阪牛を食べたい」という子どもたちのリクエストから地元食材について考えるうち、両施設の見学に行き着いた。草分京子教諭(50)は「食べることは動植物の命をいただくこと、さらにいろんな人に支えられていることを学ぶ絶好の機会と考えた」と話す。

 事前に検査所職員や生産者の話を聞くなどして基礎知識を学習。当日は、関係者が動物に対するそれぞれの思いを伝えるために建てた獣魂碑にお参りした後、検査所で自分の心音を聴いたり、牛の胃液に含まれる微生物を顕微鏡で見たりした。

 「血がたくさん出たのはびっくり。作業が素早くてすごいと感じた」と小谷直也君(12)。最初は少し驚いた様子だった伊藤玲実さん(12)は「お肉を食べるために、お仕事してきれいにしてもらってるんだと思いました。感謝しないと」と話していた。

 草分教諭は「子どもたちが見違えるように優しくなるんですよ」と効果を語る。


 独自の一貫教育を展開する自由学園(東京都東久留米市)男子部では長年、構内で豚を飼育して業者に売り、その一部を給食で食べている。どういう過程を経て食材ができてくるのかを知り、子豚を買い、大きく育てて売ることで経済観念を養うのが目的だ。

 ペットとは一線を画し、名前はつけない。掃除などの世話は主に中学1年生が交代で行う。豚にエサをあげていた小林未来野(みらの)君(12)は「命を途中で断ちきり、食べるのは少しかわいそう。最近結構かわいい」とやや複雑な表情だが、山縣基(もとい)教諭(34)は、「机上の勉強だけでなく、実際の働きで苦労を経験し、工夫する心を養ってほしい」と見守っている。(京極理恵)
(2009年11月3日 読売新聞)

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”人が想像できることは、必ず人が実現できる”            (ジュール・ヴェルヌ) 最近 どこかのCMで聞いたこの言葉は きっ...
動物愛護とips細胞 | 気楽に役立たZOO at 2009.11.08 15:34
この記事へのコメント
空飛ぶミケ猫さん、こんばんは☆

いつも大切な大切な話をしてくださって
本当にありがとうございます。
わたしも以前自分のブログに「命のいただきかた」について書いたことがあります。
(毎度このパターンですみません)
URIに貼っておきますので
お時間があるときに読んであげてくださいe-466
いつもありがとうございます。
Posted by ちいさん at 2009.11.07 22:55 | 編集
今日はとても重い内容ですね。
 多分、牛さんが殺される場面を見たら私などは気を失ってしまいそうです。
 だから、基本的にミートフリーの食事を心がけています。
子供たちのその後の食生活はどんな変化を見せるのでしょうか。少し楽しみです。
 “命をいただく”…これを言葉にしたのが「いただきます」…食事は大切な儀式ですよね。
 毎食ごとにその心掛けを大切にしてゆきたいと改めて思いました。
 
Posted by 小谷桃子 at 2009.11.07 23:39 | 編集
豚のいる教室・・でしたっけ?
思い出します、見ていないけど(苦笑)
ミケ猫さんのブログで見ました。

長男がモンゴルでヤギの解体を目の前で見て、
一緒に食べたり、家族の中では彼が一番この手の経験はしているわけです。
怪我をしたサラブレットが食されるかもしれないとかね。

自分の可愛がっているペットを食べることは出来ないけれど、やっぱり私たちは肉を食べて生きている。魚も・・・植物も。
それは生きるための自然な姿。
尊い命とわかった上できちんといただく。
決して無駄に命を奪うのではなくて
感謝してしっかりいただく。
そして周りの命を大切に思う。
難しいかもしれないけれど、矛盾しているという人もいるかもしれないけれど
そういう姿勢が大切なんだと思います。
Posted by 海のいるか at 2009.11.08 12:20 | 編集
こんにちは。
わたしもずっと考えていました。
現状を知ることは大事ですよね。

長くなってもいけないので
自分のところで記事にしてみました。
トラックバックというのをはじめて
させていただいたのですが
もしやり方を間違えていたらごめんなさい(汗)
Posted by 園長 at 2009.11.08 15:44 | 編集
■ちいさんへ
さっそく読ませていただきました。
ご家族にも話されないことを、それこそ真正面からお書きになったのですね。
私も同じような気持ちです。
できるだけ命を大切にし、無益な殺生を良しとしない。
そして自分が他の命をいただくときは大切に大切にいただく……と。

■小谷桃子さんへ
確かに重い内容です。
そしてきっと多くの人の心の中に何か矛盾があるというか、割り切れない部分をもたらすような気がします。
命をいただく、大切にいただく……私も改めて心に刻みたいと思います。
素敵なブログをいつも楽しみに読ませていただいています。ありがとうございました。

■いるかさんへ
おっしゃる通りだと思います。
いつも的確なコメントをありがとうございます。
いろんな意味で長男さんは素晴らしい体験を重ねているのだと思います。
将来が楽しみになってきますね。

■園長さんへ
そうですね、現状から、あるいは自分が間接的に関わっているところから逃げないで考えることも必要だと思います。
記事を読ませていただきました。
トラックバック……間違っていませんよ!
ありがとうございました。
Posted by 空飛ぶミケ猫 at 2009.11.08 22:16 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
Posted by at 2011.12.04 14:46 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
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