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2013.05.31

名作と誤って教室でアダルトビデオ再生した教諭

まぁ、うっかりの出来事としたら、脇が甘いとは思う。
でも、意図的に流したのでなければ、ニュースになるようなことなのだろうか。

何だかせちがらい世の中になってきたなぁという印象をもった。

もっとも、酷い事件が多いからつい目くじらを立てたくなる気持ちはわかるが…。


元の記事は 「続きを読む」からどうぞ続きを読む
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Posted at 23:01 | 学校・教師 | COM(0) | TB(0) |
2013.05.30

子どもに背中を見せているか

イクメンとかいう言葉が聞かれる。
私自身、カミさんと二人で子育てをしてきたが、
振り返ってみると、育児に関しては私の方のウェイトが高かったように感じる。
それはカミさん自身も言っている。
「私産む人、あなた育てる人」(笑)

ただ、そんな私だが、何となく「イクメン」という響きは好きではない。

なぜだろう。
子どもや家庭ばかりに意識が向いていて、
自分自身の芯のようなものが感じられないからかなぁ。

言い方を変えれば
子どもや家庭の方ばかりを向いていて、
自分の夢とか信念に向かっていく力強さを感じない。

乱暴な言い方をするなら、
子育てなんかしなくても
家族を守るために仕事に一生懸命取り組んだり、
高く目指すものに向かって必死になっている父がカッコイイ。

子どもはそんな父親の背中を見て育つのではないだろうか。

常々そんなことを考えていたら、
nanapiというサイトの一つの記事が目に付いた。

タイトルは「思春期の娘にとっての理想の父」
興味のある方は続きを読むからどうぞ。


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Posted at 22:33 | 親の心得 | COM(0) | TB(0) |
2013.05.29

任され認められて自身

食欲、睡眠欲といった生理的な欲求があるが、
現代に生きる私たちはこれが満たされないで困ることは通常の生活の中ではあまりない。

それらが満たされると、今度は安定や安全を求めるようになり、
さらには、どこかに所属していたいという気持ちや愛されたいという思いが出てくる。

いわゆるマズローの欲求段階説だが、
この「どこかに所属していたい」という気持ちや「愛されたい」という気持ちが
家族の枠を超えて、外の世界でも「認められたい」「わかってほしい」という思いになっていくという。

この説の真偽を問題にするつもりはない。
5つの段階にきれいにわかれるかどうかは別にして、
そういった欲求があることは疑いの余地がない。


不登校や引きこもりの生徒は、
家族を超えた集団の中でこれらの欲求が満たされていないわけだ。

読売新聞の記事で、ひとつの文章が目に留まった。

『たくさんの責任を任され、それと向き合ううちに、僕は僕でいいんだと自信を持てるようになった』
これは不登校の子のための私立中学校を出て、現在大学生の男性の言葉だ。

たくさんの責任を任され…
そう、責任を任されるということは認められるということ。

家庭の外の世界ももちろんだが、
まずは家の中でどれだけ子どもを認め任せているだろうか。

過保護でみんな親がやってしまうのも
過干渉であれこれ指示を出したり批判したり
放任で関わりを持たなかったり

いずれも「任せ、認める」ということからは遠い。

学校や社会に求める前に
親自ら子どもを認め、任せる部分をつくっていきたいものだ。


引用した記事は「続きを読む」から



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2013.05.28

親離れできない大学生

この春、子どもが大学進学で家を離れました。

最初は行かないつもりだったのですが、ちょっと事情があって入学式に出席をしました。
行ってみてびっくり、ものすごくたくさんの親が来ている。
中には夫婦で来ている人もたくさん。

自分も行っていて何ですが、正直「何これ」と思いました。

仕送りは最低限の金額に抑えています。
すると、「助けてくれ」と連絡が…。

結局、援助してしまった私。
子離れできない親に、親離れできない子。

人ごとではありません。

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にはベネッセの興味深い記事があります。

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Posted at 21:51 | その他 | COM(0) | TB(0) |
2013.05.27

誰だって認められたい

最初はだるそうにしていた少年たちだったが、徐々に熱くなっていくのが見ていてわかった。
好プレーに「ナイスサーブ!」などの声が飛ぶと、顔がほころんでいった。

わずか2行の文の中に大切なことが2つある。
1つは、だるそうにしているのは、動かないでいるためであり、動いているうちに体や心は活動的になるということ。
だから、「子どもが自分から動くのを待つ」とか「その気になったら…」と思っていては、いつまでも『その時』は来ない。

もう一つは、声をかけられて顔がほころんだということ。
人間誰もが人から認められたいと思っている。
まして、不登校や非行歴のある子どもは「人から認められた経験」が少ないのが一般的だ。

もっとも、わずか2行の文だが、これを実践するのは簡単ではない。
これは熊本での取り組みだ。
熊本は佐賀の取り組みを参考にしたようだ。

こうなる前に、学校や家庭で何かができなかったのかなぁ、そんなことを考えさせられる記事でありました。

記事の抜粋は「続きを読む」から

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