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2008.11.30

体育が魅力的なら子供たちは変わる

発達障害への対応模索と題して読売新聞に掲載された記事があった。
それは発達障害や不登校経験のある子どもたちへの体育指導を工夫をしたもので、
こういった手厚い指導は他のどの子にも必要な気がした。

私は常々思っているが、
学校の“教える機能”は万全ではない。

たとえば水泳、学校ではなくスイミングスクールで泳ぎを覚える子どもがとても多い。
うちの子も小学高学年まで泳げなかった。
本人もぜんぜん気にしていなかったので
そのまま様子を見ていたが、
さすがに高学年になって泳げない子がクラスでわずか2人になったので
“学校を頼らずに”本人とも話をした上で
短期のスイミングスクールに通った。
なんと数日で泳げるようになった。

つまり、学校は指導はするけど
個にあった指導をして最終的に泳げるようになるまでフォローをしない。
体育の他の授業も基本的には同じ。
指導はするけど、みんなができるようになるまでフォローはしない。
だから、体育が得意な子はますます得意になっていくし、
苦手な子はますます劣等感を強めることになる。

中学校の体育教師はそれに拍車がかかる。
なぜなら、彼らはずーっと、スポーツが得意で育ってきて
得意な子に共感はできても、
苦手な子の心に寄り添うことはできないのではないかと思うような教師が圧倒的に多いから。

体育は結果(タイムやフォーム、できる・できない)がみんなの前でオープンにされる。
だから、それによって劣等感をもったり
みんなからばかにされるきっかけになることも決して少なくない。

他の教科にも言えることだが、
学校は優越感と劣等感を過剰に植え付けるべきではない。
それより、それぞれの教科に
興味をもたせ、学習することが楽しいという気持ちをもたせることが一番だと思う。
面白おかしくするのとは違う。
厳しさがあったっていい。
でも、一人一人の状況を把握した上で
指導して終わり! ではなく、ある程度できるまで高めてやる必要があると思う。
その過程でおもしろさもわかる場合が多いだろうし、
できるようになった時の達成感は価値がある。

以下、新聞記事の一部を紹介する。

続きを読む
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2008.11.28

子ども同士のコミュニケーション

ブログを書くようになって毎日、新聞やネットでニュースを読んでいます。
でも、教育関係に限っても親を殺したとか、逆に子どもを虐待したなどという悲惨なニュースが多いです。
できれば心温まる話題を期待しているのですが…。

そんな中でYOMIURI ONLINEの
“「遊びの先生」は小学生”という記事が目に留まりました。。

少子かが進む昨今では
地域で異年齢での遊びの機会はどうしても少なくなります。
ゲームなどの遊びや塾などの習い事がその傾向に拍車をかけます。
11/22の怖い“ルールなき学校社会”でも取り上げたように
子どもたちのコミュニケーション不足は様々な弊害を生むことが考えられます。

大阪のこの幼稚園の取り組みはとてもいいなぁと思いました。
しかも、大人が計画を練って始めたのではなく、
卒園生がきっかけというのもいいですね。
時代は変わります。
放っておいても子ども同士のつながりやコミュニケーションの形成が期待できる時代ではありません。
こういった取り組みを私たちも積極的に考えていく必要があるのかもしれません。

以下記事を全文紹介します。続きを読む

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Posted at 21:32 | 学校・教師 | COM(5) | TB(0) |
2008.11.26

社会に出たら全部競争?

よく原稿を読み間違う総理にも失望するが、
興奮しながらこんな発言をする人が、府を代表する知事の発言と思うとガッカリする。
知事曰く 「社会に出たら全部競争。競争を否定して、競争の荒波に子どもたちを放り投げて後は知らん顔する。一部の教員の無責任な態度だ」

確かに競争の側面があるだろうが、全部競争という彼は
どんな境遇で、それこそどんな教育を受けてきたんだろう。
社会が円満に成り立つには、競争よりも協調の方がよほど大切だと思うのだが…。

そして「できる子には競争してもらう。だけどできない子は絶対に救います」
と彼は続けるが、“絶対に救います”という言葉そのものが奢りに満ちているような気がする。
そんな彼にはきっと“救う”ことはできないだろう。
   …もっとも競争のできない子の何を救うのかもよくわからないが…

「荒れている子は、人との競争でなく、自分がわからないことに苦しんでいる。だから学力が必要だ」
と語る、府教育委員がいるだけまだましかな?

以下記事全文続きを読む

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Posted at 21:36 | その他 | COM(3) | TB(0) |
2008.11.25

ほんとは親が…

『町挙げて「脱携帯宣言」、子どもの所持ダメ 福岡・芦屋』 【asahi.com 11/20】

町が主導してすることなのかなぁ…
ほんとは、それぞれの家庭、親の姿勢の問題なんですけどね…。
でも、自信のない親にとっては
『町で宣言したことだから…』と言えて楽かも。
それに、中学生はすでに半数以上が持っているということだけど、
使い方のルールを親子で考えるきっかけにしてほしいということだから
まっ いいか!!

携帯って本当に便利!
ほんの何年か前まで携帯なんか普及していなかったわけだけど、
どうやって連絡を取り合っていたんだろうって不思議に思うくらい。
私ももう携帯を離せない。
当然、子どもが持ったら便利でハマるのはよくわかる。
ただ、1日何時間もメールをしていたり、
すぐ返信しないと仲間から外されてしまうなどという話を聞くと
ちょっと考えてしまう。

まぁ 子どもの頃くらいちょっと不自由を経験していた方がいいんじゃな。

以下記事全文を紹介します。

続きを読む

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2008.11.24

岡崎勝さん…

小学校の先生である岡崎勝さんが編集人を務める教育雑誌「おそい・はやい・ひくい・たかい」を紹介した記事に出会った。

私が日頃考えていることと共通点が多く、その取り組みがすばらしなぁと感じた。
もちろん、違う点もある。
一番違うのは
彼は10年もその雑誌の編集をしていること。しかも発行部数2万部
私はまだ9月からのスタート。

でも、私にも志がある。
まだ人数は少ないが、このブログを毎日のように開いて読んでくれる方がいる。
貴重なコメントを書いてくださる方がいる。
…とてもありがたいことだと思っている。

さて、岡崎さんの雑誌について…
いちばん共感したのは
人と比べる価値観を問い直していること
そして学校の選択と競争が行き過ぎると、公教育の柱だった平等がないがしろにされると説いている点。

そうだなぁ 他は私のコメントより原文の方がいいかな。
全文を紹介します。
asahi.com 11/24
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Posted at 23:01 | 親の心得 | COM(0) | TB(0) |
2008.11.22

怖い“ルールなき学校社会”

昨日のブログで小中高校における暴力が増えている“毎日jp”の記事を取り上げました。
ここでは同じく昨日の“asahi.com”の記事から…

『はさみで背中刺す子も…突然の感情爆発、苦悩する学校』

“ その数、5万2756件。文部科学省の調査で過去最多を更新した「子どもの暴力」に学校が悩んでいる。ささいに見えることで感情を爆発させ、重い結果を招いてしまうことも。解決に向け、校外の機関や専門家と連携する動きも出ている。

 17日、香川県丸亀市の市立小学校で、6年生の男子児童が、同級生の男子に工作用のはさみ(刃渡り約10センチ)で背中を刺された。命に別条はなかったが、全治約1カ月の重傷を負った。

 きっかけは、担任が配ったA4判の1枚のプリントだった。日曜に自宅でテレビゲームをしないよう呼びかけたが、加害者の男子が「プリントの絵に似ている」と声が上がった。男子は冷やかされたと思い、机にあった自分のはさみで刺したという。

 「ちょっとした口論で顔を殴ってしまう」「いきなり顔を、なんて昔はあまりなかった」。東京都内のある中学校の養護教諭は言う。物にも当たる。突然石像を殴って手にけがをした子は「ここまで痛いと思わなかった」と言った。「勉強もできて、みんなの中心になっている子なんですが」

 首都圏の別の中学の養護教諭は「言葉でコミュニケーションをとる力が不足していて、すぐに手が出てしまうようだ」とみる。ふだん一緒に遊んでいる友だちとすれ違いざまに肩がぶつかり、互いにわざとだと思ってけんかになる。「ごめんね、とひと言あれば何でもないのに」

 千葉大の明石要一教授(教育社会学)は「かつては荒れているグループがはっきりしたが、今は一人ひとりの突発的な暴力が目立ち、対応が難しくなっている」と指摘する。昔は子ども同士の遊びなどで身につけたはずの社会性が乏しく「ルールなき学校社会」が現れているという。”
…以下略… 

文中にある
“言葉でコミュニケーションをとる力が不足して…”とか
“昔は子ども同士の遊びなどで身につけたはずの社会性が乏しく…”
という言葉が気になります。
確かに、何かのきっかけがあって、その後口論をしたり、つかみ合ったりし、
それから手がでることなら想像できますが、突発的な暴力は対応がなかなか難しいと思います。

さて、私たち親の立場で考えるとどうなるでしょうか。
子どもの数が減り、子どもが言葉を使って親に何かを伝えなくても、
親の方が先回りして子どもの思いを満たしてしまうことがあるのではないでしょうか。
やはり子ども自身が自分から動いて周囲に働きかけたり、
逆に言うことを聞いて自分なりに考えることが必要なのかもしれません。

そこで、子どもが何を伝えたいのかわかっても、
あえて口にしたり、先回りしないで、
子どもの思いは、子どもの口からにきちんと言葉で伝えさせることがまず大切になるでしょう。

さらに、子どもの言うことをすべて受け入れるのではなく、
時には待たせたり、我慢させることも大切だと思います。

上記の記事に関連して、もっと根本的な点から見直すなら、
何もかも親が考え、大人ばかりが相手をしないで、
子どもは子ども同士で遊んだり、一緒に活動する時間を
十分とってあげることが意外にいいのかもしれないと思いました。

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Posted at 21:57 | 暴力・体罰 | COM(1) | TB(1) |
2008.11.21

自己肯定感を高める

“小中高生 暴力最多 愛に飢え暴発 低い自己肯定感”という記事が毎日jpに掲載されていた。
また、同じく毎日jpに同日、“小中高問題行動調査:暴力行為件数、最悪に…小学校37%増…”という記事もあった。

記事によると、暴力行為は特に小学校の増加が著しく、いじめは前年度より減少したが、依然10万件を超え、インターネットサイトなどが関係した“ネットいじめ”など新しい形態も目立ったとのこと。

記事の中の
“愛情を注がれずに育った自己肯定感のない子が突然キレている”や
“荒れる子の親は、80年代に学校が大荒れした時代に中学校に通った。そんな親のもと、自己肯定感をはぐくみ損ね、価値観の不安定な子が暴れている。”
という言葉に考えされられることも多い。

暴力は暴力を生むと私は考えている。
親が子に暴力を振るう(仮にしつけという名であっても)というのは
思い通りに育たない子を暴力でしかコントロールできない親がする行為だ。
だから、その子もまた学校で思い通りにならないときには
“親を真似て”暴力で自分の思い通りにしようとする。

確かに記事のように
荒れる80年代に育った親というのは
いまだに暴力でしかものごとを解決できない大人になっているのかもしれない。

暴力の連鎖は断ち切らなければならない。
な~に、すごいことなんか考えなくていい。
親が我が子に暴力を振るわなければ解決する。

それより
“自分が好き”
“自分ってすごいんだ”
“自分はかけがいのない存在”
という自信や自己肯定感の強い子を育てたいものだ。

記事 いずれも毎日jp 2008.11.21

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Posted at 22:43 | 暴力・体罰 | COM(1) | TB(2) |
2008.11.20

トイレ掃除は誰がする?

横浜市の小中高校あわせて500校でトイレ掃除が復活するというニュースがあった。
私はこのニュースよりも、今まで横浜市の学校で子どもたちがトイレ掃除をしていないことにビックリした。
深い考えはない。ただ、自分は小中高とずーっとトイレ掃除をしてきた(もちろん分担で交代制)からだ。それに自分たちが使う場所を自分たちが掃除するのは当たり前だとも思っている。

横浜市教委は「自ら主体的に社会を良くしていこうとする子どもの公共心を育む」とし、社会生活に欠かせない法律やルールを守ることの大切さを理解させたいとしているが、そういったことが育まれるかは疑問だ。

だからといって、ある小学校教諭の「家庭で子どもにトイレ掃除をさせるのが一般的な時代ならともかく、子どもが家でやっていないことを学校で、というのはどうか」という意見には賛同できない。
確かに我が家のトイレ掃除は親がやっているが、子供がトイレを含めて学校の使ったところを掃除をすることはいいことだと思う。

記事全文 【asahi.com 2008年11月19日】
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Posted at 21:27 | 学校・教師 | COM(2) | TB(0) |
2008.11.18

一貫校でなきゃできないのか?

【新・学歴社会】ブランド大の小学校続々という記事があった。【asahi.com】
そこで紹介している小学校の取り組みが魅力的だ。

たとえば京都の同志社小には「道草」という教科があって、そこでは、いろんなことに興味をもち、挑戦する気持ちや問題を解決する力を育む取り組みがされている。各学年で週2~5コマあり、「受験にとらわれない一貫教育だからこそできる」ということだ。

 同じく京都の立命館小は漢字学習に力を入れている。07年度までの実績では、日本漢字能力検定(10~6級)を受けた現2~5年生の合格率は100%だったという。
 同小は小学校から高校まで12年間の課程を4・4・4に分けて、反復学習の効果がとくに期待できる最初の4年で基礎の徹底を図るという。

 東京の慶応義塾幼稚舎では、卒業するまでに1千メートルを泳ぎ切れるよう練習する「塾生皆泳(かい・えい)」が伝統だということだ。関係者の話では「人間は泳げないところから始まり、周りの支援を得ながら努力し、長く泳げるようになる。一貫教育だから、じっくりと到達の過程と成長をみられる」ということだ。

どれも魅力的な内容に見えるし、急場しのぎで考えたものではなく、長い伝統を感じさせる。
ただ、小学校からの一貫校で大学まで進むと、なんと16年間もエスカレータ式で進むことになる。
考えようでは、安心できる反面、次のように疑問をなげかける人もいる。

 ある識者は小学校から大学までの一貫教育は個性が似た集団をつくりやすいと指摘。「親の経済力、自分らの学力と、同質の心地よさに慣れた中でも異質なものへの寛容さ、多様な社会で生きる力を育めるか。系列校の課題だ」と話す。また、系列校に進むことで経験できなくなる受験について「挫折や試練の厳しさを教えてくれる機会でもあるのだが」と語る。

 また、入学後、「思っていた教育と違う」「うちの子と合わない」などと不満をもらす親もいるという。

できれば16年間を託すことになる一貫校ではなく、
普通の小学校でこういったじっくりと腰を落ち着けた取り組みをしてもらえるといいと思うのだが…。

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Posted at 20:59 | 学校・教師 | COM(0) | TB(0) |
2008.11.17

仕事だから負担はあるだろうが…

教師の仕事はとても価値のある仕事だと思いますが、
ボランティア活動ではありません。
ひとつの職業であって、それによって報酬を得ています。
だから“負担”は当然です。
それは肉体労働者が、肉体の負担を負うのと同じです。

ただ、あまりに過度な負担は決して好ましいことではありません。
また、つらくて子どもたちの前で笑顔が消えるようでは困ります。

そんな教師の意識調査がおこなわれたようです。
記事(asahi.com)によると教員の負担「1位」は… 保護者の過度の要求ということです。
その他にも“不登校”“給食費の滞納”と続くようです。
また、記事の中で紹介しているサイトでは
アンケート結果をすべて公開しています。
親の一人として、
教師がどんなことに負担感をもっているのかを知るのは意味があると思います。

私は、たとえば残業の平均時間が週10~20時間というのが最多
経済格差が学力格差につながっていると考える教師が88%
教員の人事において、「コネや情実の影響を感じる」とした教員が58%などが印象に残りました。

以下記事全文を紹介します。

“有識者でつくる「日本の教育を考える10人委員会」(委員長・佐和隆光立命館大教授)がネットで公立小中学校の教員の意見を聞いたところ、「保護者の過度の要求が負担になっている」という回答が8割、「経済格差が学力格差に影響する」という回答が9割に及んだ。教員を辞めたいと思ったことがある人は6割を超える。同団体は、調査を踏まえた提言を出す予定だ。(上野創)

 調査は8月に実施し、1200人から有効回答を得た。

 現場の教員の負担を項目別にたずねたところ、最も重荷になっていたのが「保護者からの過度な要求への対応」で、「負担」「どちらかといえば負担」を合わせて約84%だった。「不登校」(71%)、「給食費滞納」(69%)が続く。

 経済格差については「拡大を感じる」「まあ感じる」をあわせて92%に達した。「学力格差に影響を与えているか」との設問には「与えている」が41%、「どちらかといえば与えている」が47%で計88%に上った。「教員を辞めたいとしばしば思う」は23%、「たまに思う」は39%。

 小学6年、中学3年の全員を対象に2年間実施された学力調査については、現状通り続けるのが良いという回答は21%と少数派。「調査校を一部抽出して行えばよい」が30%、「各自治体の調査でよい」が44%で、否定的な見方が多かった。

 結果の詳しい内容は、同団体のサイトhttp://10nin-iinkai.net/で公表している。 ”


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Posted at 21:17 | 学校・教師 | COM(2) | TB(0) |
2008.11.16

ホントは例外を切るのではなく、例外を包み込むのが理想!

高校の入試で服装や態度がおかしい受験生を不合格とした問題で更迭された記事について、判定基準に盛り込んでいなかったのは問題だと思いながら、校長先生擁護のコメントを書いていました。

11月16日 産経新聞によると、地道に再生活動に取り組んだ校長は生徒や保護者からの信頼が厚かったようで、処分撤回を求めて署名活動も行われたようです。
同じような考えの人が多くて、なんだかホッとしました。


記事は長いので要約を紹介します。

“神奈川県教委が問題を公表したのは先月28日。翌日、渕野前校長を県立総合教育センター専任主幹に異動させる人事を発表した。
 その後、県教委などには1300件を超える意見が寄せられ、その9割以上が「校長の判断は正しい」「風紀の乱れを事前に守ろうとした校長がなぜ解任されるのか」など前校長を擁護するものだ。

 週末には同校PTAのOBや卒業生らが14~16日の予定でJR平塚駅北口で署名活動を実施。
PTAなどはすでに県教委に渕野前校長の人事の撤回を求める要望書や陳情書など3通を提出。内容は、(前校長を)神田高校の生徒指導派遣に出してほしい▽神田高校でなくとも校長として現場に戻してほしい▽これ以上の処分はしないでほしい-などだ。

同校保護者らによると、以前の同校は校内に飲食物が散乱し、喫煙やいじめ、盗難などが絶えなかった。近隣の公民館やコンビニエンスストアなどには「神田高生の立ち入り禁止」の張り紙が出され、アルバイトを断られたり、バスに乗せてもらえなかったことも。

 中退者は全校生徒約350人に対し、年間100人。謹慎処分を受ける生徒も絶えなかった。しかし、平成15年になるとこの状況に変化が見え始めた。教頭だった渕野前校長と前任の校長が「まじめな生徒が下を向いて歩いているようではいけない」と具体的な対策を取り始めたのだ。

 その結果、校内からごみが消え、生徒たちはあいさつをするようになってきた。地元の警察は「指導件数が減った」と舌を巻き、大学や専門学校に進む生徒が増えてきたという。部活動も活発になり、チームが組めないほどだった野球部は、18年には公式戦で10年ぶりの勝利を飾った。

 渕野前校長は生徒と食事をともにするなど率先して指導に取り組んだ。「学校全体の担任という思いで生徒たちに接してきた」といい、全校生徒の顔と名前を覚えているという。

 身なりや態度について、そもそも選考基準に明記すべきものなのか。同校関係者は「常識まで明文化を求めるのか…」と話す。”


別に私自身あまのじゃくだとは思っていませんが…。
これだけ擁護の声があるなら、それを前提に思うことがあります。
(もちろん、この校長先生のせいではありませんが…)

ホントは、それだけ“荒れる前に”関わった当事者が頑張って良くする努力が必要だったと思います。
中退者が年間100人を超えるようになったら、この校長先生のように荒療治が必要になります。
でも、少ないうちなら、その“例外的な生徒”を包み込んで“指導”することができたと思うんです。

教育の本来の姿は“指導”であって、“排除”ではありません。
排除するのは、あくまでも緊急処置でしかないのです。

親の立場としては
単に学校の批判をしているだけでは事態は良くなりません。
何か変化が見え始めた時に
より良い方向を目指して
親は親の立場でできることをする必要があると思います。
もちろん、自分もそうしたいと考えています。


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Posted at 21:12 | 学校・教師 | COM(2) | TB(0) |
2008.11.15

企業の知恵を学校に!

知識は大切だと思います。
なぜならある程度の知識がなければ
土壌の無いところに種をまくようなものだからです。

でも、知識ばかりが多くなっても
それが本当に生きて働く力になるのか疑問をもつこともあります。
せっかく土壌があっても
一方的に膨大な量の種が播かれては芽はうまく育たないような気がするのです。

時には自分で種を探したり、
自分で土壌作りをしたり、
いろんなまき方を試してみることが大切だと思います。

“教師の指導や書物を読めば知識はいくらでも学べるが、大切なのは実際に探求的、独創的な研究や開発活動を行っている企業の生の声…”
ある記事の中の一文ですが、
社会貢献の一環として、
一線で活躍する企業人が学校に関わることは
子どもたちに知識以外のものを与えてくれる大きなチャンスのような気がしました。

私たち親も
子どもサイドの人間として
子どもたちが積極的に自然や社会と関わる接点を作ったり、
子どもたちに実際に体験できる場をたくさん作ってあげることも大切だと思います。

以下記事全文紹介します。続きを読む

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Posted at 21:03 | その他 | COM(4) | TB(0) |
2008.11.12

たまには子供に教科書を借りてみよう

『勉強しなさい!』なんて言わなくてもいい。
子供も独立した一人の人間。
きっと人をコントロールすることなんかできないんだから…

『勉強のおもしろさ』を子供に伝えるのはいい。
『勉強のすごいところ』を子供に教えるのもいい。

ちょっと待って!
その前に、いったい子供は今どんな勉強をしているんだろうか。
子供に何か言う前に
『ねぇ ちょっと教科書貸してくれない!』って言って借りて
ペラペラと内容を見てみよう。

問題を解く必要はない。
興味本位で中を見てみよう。
きっと私たち(年代によって違いがあるが…)の時より、
いや、私の時より、教科書は薄くなり、
イラストや写真がいっぱいで
いったい何を学んでいるのか???と思うようなところもある。

ところで、文科省がその教科書を作る際の基準を変えた。
簡単に言うなら
学習指導要領の範囲を超えた“発展的な内容”を制限なく盛り込めるようにしたのだ。
良い意味に考えれば
基本の内容だけでなく、教科書の内容が深まると言える。
心配があるとすれば、
教科書によってかなり内容が異なってくるかもしれないこと。
したがって、どの教科書を使って
どのように指導していくかによって学校間の格差がさらに広がる懸念があることだ。

まだ先の11年度以降のお話ではあるが、
こんなことをきっかけに子供の教科書を借りて見てみるのもおもしろい。
そして声をかけてみよう 『けっこう難しい内容をやっているんだね』…と

案外、子供はそんな親の姿を見て“勉強”に興味を持つかもしれない。
そんな場面が一瞬でもあったら、見逃さないことだ。
そして、そんな我が子に勇気づけの言葉をかけてあげよう。

記事は毎日新聞2008年11月12日 東京夕刊より

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Posted at 23:03 | 親の心得 | COM(2) | TB(0) |
2008.11.11

本の行方??

昔は全然本を読みませんでした。
でも、ここ2年ほど、自分なりにはたくさん本を読むようになりました。
本(多くの著者の方)のおかげで今の自分があると思います。

おかげで、今考えていることは数年前とはずいぶん違います。
私は相当期間勤めた勤務先をこの春、退職し今は違う職場にいます。
この職場も今年度末で辞め、いよいよ来春からフリーになります。
経済的な不安はありません。
今まで自分がしたいと思っていたことに残りの人生をかけようと思っています。

本はすばらしいです。
その本が全国で28万冊も不明になっていることに驚きました。

それは11月9日の読売新聞の記事です。

公立図書館の本が手続きをしないで持ち出されたり
借りたまま返さないということで、
全国の昨年度1年間に紛失が判明したのが28万冊、金額にして4億円にのぼるというから驚きます。

本がその人の役にたっているならまだ救われますが、
表紙を残して中身だけ持ち去るといったものや
中には捨てられた本もあるようで、
どう見ても役にたっているとは思いません。
本のお陰でとてもいい人生を送っている自分にとっては
ちょっとショックな記事でした。続きを読む

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Posted at 22:22 | その他 | COM(2) | TB(0) |
2008.11.09

小学校の英語指導…反対だけしていても。

2011年度から小学校5、6年生で必修となる外国語活動に、どちらかといえば私はあまり賛成していません。
まずこの時期は母国語をしっかりと学ぶべき時期であること。そして小学校の教員が英語、それも一番最初に出会う英語の指導者として必ずしもふさわしくないと考えているからです。

でも、2011年度から必修となるのは既に決まりました。
そうであるなら、それに備えて小学校の教員は研修に励むべきだろうし、よりよい英語活動ができるように指導計画を練り上げていくことが必要になってくると思います。

ところが、次の記事を見てがっかりしました。

“北海道教組、小学校英語研修の不参加呼びかけ
 北海道教職員組合(北教組)が、2011年度から小学5、6年で必修化される小学校の外国語活動に反対し、北海道教育委員会主催の教員向け研修に参加しないよう組合員に呼びかけていたことが8日、わかった。
 小学校の外国語活動は年間35コマ(1コマ45分間)実施し、英語の「話す・聞く」を中心に授業を進める。道教委の研修は道内14支庁管内ごとに、今年度から来年度にかけて実施している。すべての小学校から教員1人が参加して指導法を学び、自校の校内研修会で講師となる。

 北教組は外国語活動に対し「英語に特化し、諸外国の文化などを学ぶ内容に乏しい」などとして反対の姿勢をとっている。このため、8月ごろ、組合員に対して「議論が不十分な現状で、研修に参加する必要はない」と文書で通知したという。北教組の小関顕太郎書記長は「日本語の習得でさえ議論がある中で、現場を無視した研修が進められていくのは問題だ」と述べた。

 道教委義務教育課は「通知の影響は今のところ出ていない」とした上で、「授業の適切なイメージや手法を身に着けなければ、児童に影響を及ぼしかねない」と話している。
(2008年11月8日 読売新聞)”

決まったことに文句を言っていても何も得るものはないでしょう。それより、よりよい方向を積極的に探していく必要があると思うのです。
だから組合は… などと言われるのでしょう。

さて、私たち親はどうすればいいのでしょうか。
先取りをしてもっと低年齢で英語の塾に通わせようという人もいるかもしれません。
北教組のように反対して、文句を言い続ける人もいるかもしれません。

どれもそれぞれの考えだからそれでいいと思います。
でも、子供のためを思うなら
学校を信じて一緒にいい英語活動が進められるように協力していくことが望ましいと思います。
また、もし早期教育をしようと思うのなら、講師選びに時間を割き、
子どもたちが最初に出会う指導者を是非すばらしい人にすべきでしょう。

スポーツでもそうじゃないですか。
最初に出会ったときが楽しければ好きなスポーツになる確率は高いし、
最初の出会いが最悪なら、それでそのスポーツを嫌いになるかもしれません。
それっと指導者によるところが多いような気がするんです。

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Posted at 21:31 | 親の心得 | COM(3) | TB(0) |
2008.11.08

学校選択制の情報

以前、学校選択制について
“過疎に悩む小規模校が少人数教育をいかす取り組み”をしたり、“いじめに悩む子が人間関係を刷新する”ためにといった限定的に活用がいいのではないかと書きました。

関連記事がありました。
いろいろな視点からの情報が多いので掲載します。
どうしようか考えている人や
学校や教育委員会側の当事者には必読かと思います。

以下記事全文紹介続きを読む

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Posted at 11:40 | 学校選択制 | COM(0) | TB(0) |
2008.11.04

ブタ 食べるべきか 食べないべきか

育てた後、自分たちで食べる。そんな約束をして小学校でブタを飼った実話をもとにした映画「ブタがいた教室」が公開されたようです。

食べる約束で飼っていても、飼っている間に情がわくのはとても自然です。
そして、その情を大切にして“食べない”という選択肢はあります。

一方で私たちの食生活はブタや牛はもちろんのこと、様々な命をいただいて成り立っています。
ブタの姿をしていない“ブタ肉”は食べるけど、ブタを食べるために殺すのは嫌というのは矛盾しています。
つまり、自分は手を下さないけど、人が手を下して、さらに加工したのは食べるというのは勝手と言えば勝手のような気もします。

映画を見ていないので、直接の賛否は言えませんが、これが子どもを巻き込んだ話となると難しいところです。

前田監督の言われる“柔軟な子どものうちに、悲しい目、つらい目にあわないと成長しない”というのはちょっと違和感があります。
でも、“子どもが近しい人の死に接する機会が少なくなってること…”は同感です。
私が子どもの頃、祖母が老衰で亡くなる時、自宅で間近にいました。
飼っていた動物の死にもたくさん出会いました。

意図的に作る場面ではありませんし、できませんが、
そういう場面に出くわしたら、“意図的に”子どもの目に触れさせないように
“配慮”することは、しないほうがいいと思いました。

う~ん、ちょっと思いテーマでした。

以下記事全文 (asahi.com 11月3日)

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Posted at 21:50 | その他 | COM(4) | TB(0) |
2008.11.03

機会があったら役員に!

最近何かと過激な発言が目につく橋下大阪府知事、
PTAの研究大会で「PTAはもうだめでしょうね。機能していない」などと発言したようです。
彼はその後、「みなさんに不快な思いをさせたのなら申し訳ない」と謝罪したようですが、
“させたのなら…”という言い方は本心ではそう思っていないということでしょう。

私もどれだけの数のPTAが本来の機能を果たしているかは疑問に思っています。
その原因はたくさんあるでしょうが、
今日はそれをあげるのが本旨ではありません。
それより、まずは皆さん役員になってみてはどうでしょうか。

私は転居して2年、子どもが小学校2年生の時に、
ほとんど知り合いがいない土地でPTAの学級役員になりました。
そのおかげで、以来10年以上にわたって一緒に役員をした人と
家族ぐるみのお付き合いをしています。

それ以来、学級の役員や学年の役員、PTA会長もやりました。
それは多少時間を割く必要はありますが、
やってみればそんなに大変なわけでもなく、
人とのつながりや、学校の先生とのつながり、
あるいは子どもとのつながりにおいて
得るものがたくさんあったと思っています。

自分から手を挙げて率先してしよう! とは言いません。
でも、誰も役員の引き受け手がいなくて振られたり
人から推されたら是非やってみるチャンスだと思います。

発言は過激ですが、
橋下府知事の言わんとすることは
ある意味合っているとも思います。

以下、記事全文(asahi.com 11/3)を紹介します。続きを読む

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Posted at 21:11 | 親の心得 | COM(1) | TB(0) |
2008.11.01

良いレッテルを貼る!

子どもを含めて、人はまず“自分のことを好き”であることが大切だと思います。
だから、たとえば親が子供に
『あなたはダメな子だね』とか『のろま!』とか『ホントにバカなんだから』などという言葉を言うのは厳禁です。…それがたとえ“子どものことを思っての言葉であっても…。

みなさんは次の記事を見てどう思いますか?

『愚か者の誓い:忘れ物した生徒に書かせる 足立の中学校
 東京都足立区立第九中学校で、数学を担当する2年生の学年主任の女性教諭(52)が授業中、宿題などを忘れた生徒に、「愚か者の誓い」というプリントを渡し、「私が愚か者でした」などと何度も記入させていたことが分かった。

 区教委によると、教諭は4年ほど前から、忘れ物をした生徒に「私は、愚かにも(○○○)を忘れました」と書かれたプリントの空欄を埋めさせたうえで、「私が愚かでした。もう○○○を忘れません」と7回書かせていた。さらに繰り返し忘れる生徒の名前を「○○○未提出の愚か者」として教室内に張り出していた。

 10月30日、区教委に教諭の行動を問題視する匿名の手紙が届き、教諭に事情を聴いて発覚した。教諭は「忘れ物をしてほしくないと思って指導した。『ばか者』より『愚か者』という言葉の方がソフトだと思ってしまったが、配慮に欠けていた。反省している」と話しているという。

 鈴木啓一校長は「熱心な教え方ではあるが、まずい方法だ。私も校長として見落としており反省している」と話している。区教委も「教育の仕方として適切ではなかった。対応を都教委と相談したい」と、保護者への説明を検討している。【毎日新聞 2008年11月1日)』

愚か者はこの人たちの方ですね、どうみても。
内容はもちろんのこと、繰り返し書かせるとか張り出すなどという行為は
子どもたちの心に、深い傷となってしまう恐れがあります。
“熱心な教え方ではある…”とか、“4年間も見落としており…”などという言葉を見ると
どうもこの校長先生も愚か者のような気がします。

さぁ、私たち親は愚か者になってはいけません。
無条件で子どもを愛し、
子どもが『自分のこと好き!』って言えるように
どうで貼るなら良いレッテルを貼って育てましょうね。



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