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2009.07.26

1回生まれたら1回死ぬだけ

 障がいをもったお子さんは専門の養護学校がいいのか、それとも一般校がいいのか。
その一つの答えを提示してくれているような気がしました。
今日は、障がいをもちながら自立して歌手活動をしていらっしゃる朝霧さんのお話です。


IMG_0295.gif

以前、『うれしくて眠れなかった明花さん』というタイトルで車いすの少女の中学入学に関する記事を取り上げました。
その時にたくさんの方からコメントをいただき、あらためてその問題の難しさを感じていました。

障がいをもっていらっしゃる方がすべて一般校で学ぶことがいいか悪いか一概に言えないということです。

私自身、中学校勤務をしている時に耳が不自由でほとんど聞こえない女の子をもったことがあります。彼女は頑張り屋さんで、よく聞き取れない授業に真剣に臨み、一生懸命勉強してみんなと同じ入試を受けた上で公立高校に進学しました。

特別な配慮はしませんでしたが、授業の時にちょっとゆっくり話しました。(口の形で言葉をある程度理解するんです)
また、同じ理由から生徒に背を向けて話すないように注意しました。(黒板をもとに説明する時には背を向けることもあるのです)

級友も、誰かが読んでいる時に肩をポンと叩いて教えてくれるなど、さりげない配慮をしていたような記憶があります。

今日紹介する朝霧さんの生き方にはひとつの考え方が示されているように思いました。
『障害者は保護制度のはざまで、受け身で生きている。それを「権利」と当然視する地点から歩を進め、健常者ともども持てる力を出し合う場を設ければ、社会の風通しも少しは良くなるのではないか』
……彼女の言葉です。

決して今の保護制度が十分とは思いません。
でも、その十分とは言えない保護制度の中でも彼女のように考え、自ら行動していることをとても心強いと思いました。
振り返るなら同じことが我が身にも言えます。権利を当然と行使しながら、自分の役割を十分果たしているのかと……。

【ニュースに見つける思春期子育てヒント】
親自身が権利を当然視せずに、自分の役割を考えてみる
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2009.04.21

発達障害 支援の試み

 今日、全国で学力調査がおこなわれたが、人の能力を一面的な見方でとらえることはできない。
良さを積極的に取り上げて、苦手なところを補い合う、そんな世の中になったらどれだけいいだろう。

030.jpg

発明で有名なエジソンが学校の勉強になじめず、母親から『行かなくていい』と言われて、以来学校には行っていないことは有名なお話です。
また、天才物理学者と言われるアインシュタインは子どもの頃、言葉が遅くて3歳くらいでも、まだうまく話せなかったようです。それだけでなく、学校に入ってからも数学は得意だったようですが、他の教科の成績は振るわなかったようです。
二人とも学習障害だったのではないかと言われています。

そういった発達障害をもつ学生の支援の試みがされています。
記事を読んでいくと日本の取り組みはまだまだのようです。

驚いたのは英国。
記事に登場する男性はケンブリッジ大学を卒業した方ですが、
一時帰国した日本の学校ではつらい目にあったと振り返っています。
小2の時には、かけ算ができるものの、九九を上手に言えなくて、特殊学級に移るように言われたそうです。
それにいじめもあり、一家で英国に戻ることを決めたということです。
「英国では診断がない時も、計算はできるので、『いずれできるようになる』と考えていた。自信を失わせない配慮も大切」と話しています。

本人に意欲がなくてできなものはしょうがないですが、
やる気があって、できる能力を持ち合わせているなら、
ある部分がうまくいかなくても、たとえ障害があってもそれを乗り越えられるような支援の輪が広がるといいですね。

【ニュースに見つける思春期子育てヒント】
支援でできる、自信を失わせない配慮


*使用する漢字については記事の記述に準じました。
記事を紹介します。続きを読む

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2009.03.04

みんな一律が公平とは限らない

 さて、今回は養護学校に通う生徒さんの学童クラブにまつわる記事についてです。


埼玉の久喜市のお話ですが、これらの学童クラブには県から補助金が出ているそうですが、
父母会が独自に建物を借りたり、人手もかかるので保育料は一般の2倍もかかるといいます。

養護学校に通う生徒さんの家の方が怠けたわけでも、落ち度があったわけでもありません。
むしろ、ご自分たちで建物を借りたり、運営もするなど、一般の方よりも尽力されています。
こういったところにより多くの補助金があるといいなぁと思います。

補正予算関連法が4日に成立し、定額給付金も支給が開始されます。
それはお金をいただくのはとてもありがたいことですが、
みんなに一律に配布されるのが平等だとは限りません。

記事では久喜市など埼玉県のいくつかの自治体が人件費や家賃などを補助することを決めたようです。
とってもうれしいニュースですね。
でも、これは全国の中ではごく一部の話、少しずつでも拡充していくことを願いたいものです。

【ニュースに見つける子育てヒント】
我が子だけを見ていないで、視野を広げて見ようとする心が、結果的に我が子を育てる。


以下記事を紹介
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2008.11.30

体育が魅力的なら子供たちは変わる

発達障害への対応模索と題して読売新聞に掲載された記事があった。
それは発達障害や不登校経験のある子どもたちへの体育指導を工夫をしたもので、
こういった手厚い指導は他のどの子にも必要な気がした。

私は常々思っているが、
学校の“教える機能”は万全ではない。

たとえば水泳、学校ではなくスイミングスクールで泳ぎを覚える子どもがとても多い。
うちの子も小学高学年まで泳げなかった。
本人もぜんぜん気にしていなかったので
そのまま様子を見ていたが、
さすがに高学年になって泳げない子がクラスでわずか2人になったので
“学校を頼らずに”本人とも話をした上で
短期のスイミングスクールに通った。
なんと数日で泳げるようになった。

つまり、学校は指導はするけど
個にあった指導をして最終的に泳げるようになるまでフォローをしない。
体育の他の授業も基本的には同じ。
指導はするけど、みんなができるようになるまでフォローはしない。
だから、体育が得意な子はますます得意になっていくし、
苦手な子はますます劣等感を強めることになる。

中学校の体育教師はそれに拍車がかかる。
なぜなら、彼らはずーっと、スポーツが得意で育ってきて
得意な子に共感はできても、
苦手な子の心に寄り添うことはできないのではないかと思うような教師が圧倒的に多いから。

体育は結果(タイムやフォーム、できる・できない)がみんなの前でオープンにされる。
だから、それによって劣等感をもったり
みんなからばかにされるきっかけになることも決して少なくない。

他の教科にも言えることだが、
学校は優越感と劣等感を過剰に植え付けるべきではない。
それより、それぞれの教科に
興味をもたせ、学習することが楽しいという気持ちをもたせることが一番だと思う。
面白おかしくするのとは違う。
厳しさがあったっていい。
でも、一人一人の状況を把握した上で
指導して終わり! ではなく、ある程度できるまで高めてやる必要があると思う。
その過程でおもしろさもわかる場合が多いだろうし、
できるようになった時の達成感は価値がある。

以下、新聞記事の一部を紹介する。

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2008.09.24

ハンデをパソコンでカバー

「指先が震えて正確にキーを押せない脳性マヒの子らに有効。既存のままでは操作が難しくても、補助具と呼ばれる機器を介せば使いこなせるようになる」と教務主任の小林和夫教諭(56)。
 別の教室では、筋肉の動かせる範囲が徐々に狭くなる筋ジストロフィーの男子生徒が、ゆっくりだが正確なタッチでキーボードの入力練習に取り組んでいた。目標はワープロ検定合格だ。
(YOMIURI ONRINE 9/23 PC活用 ハンデを軽く)

9月18日に“子どものコミュニケーション能力をあげる方法”というタイトルで、黙々と画面に文字を入力する姿が最終目標ではなく、ひとつのツールとして活用し、その自信をもとに本当のコミュニケーションにつなげようという『研究』を評価しながらも、思春期の子を育てる親としては、直接話すコミニュケーションの大切さを書いた。

読売新聞で紹介された記事もこの時紹介した学校と一見似ているが、根本的な発想が異なる。
記事は続く。
『「鉛筆で字は書けなくても、パソコンを使えば自分を表現できる。情報機器を使うことで、障害児の可能性が広がっていく」と小林教諭は話す。…中略…講師を務めた東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍(なかむらけんりゅう)教授(障害心理学)は「視力が悪い人が眼鏡をかけるように、障害児にとって情報機器は必須」と強調する。「パソコンなら100枚のリポートが書けるのに、汗水垂らして手書きで1枚の原稿を書かせようとする教員が、まだいる。障害児の教育の権利を保障するため、もはやICTは前提条件だ」

障害をもったお子さんもそうだし、そうでない場合でも、何らかのハンデを我が子が持っている時、それを克服することに膨大なエネルギーを費やすのではなく、便利なツールを活用し、そのエネルギーを他に生かすという発想はとても大切なことだと記事を読ませていただいた。

皆さんもご承知の理論物理学者のホーキング博士は、全身の筋肉が萎えてゆく筋萎縮性側索硬化症という難病で声を失っている。それでも各地で講演ができるのは、コンピュータと音声合成装置を使っているからだ。彼の車椅子にはコンピュータが搭載されていて、博士はカーソルを操作して単語を選び、文章を組み立てていく。それが、合成音声となっているわけだ。

親は我が子の何を伸ばしていこうとしているのか、何を自分の力で克服させようとしているのか、何についてツールを活用することで過大な負担をかけまいとするのか、ちょっと整理して考えてみるのも悪くはないだろう。

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